碁所
江戸幕府が置いた囲碁の最高職
碁所(ごどころ)は、徳川幕府が置いた名誉ある役職で、プロの囲碁界を取りしきり、律するために設けられました。この地位に就けるのは、当時最高位の棋士である名人だけで、重い責任がともないました。碁所は単なる称号ではなく、江戸時代の囲碁のあり方と発展を決めた中心的な権威だったのです。
碁所の役割と歴史的な意味
碁界の頂点として、碁所の仕事は多岐にわたりました。段位の免許を出し、もっとも強い棋士を認め、家元同士の争いを裁いて公正を保ちます。家元の争碁をはじめとする重要な対局を許可し、有力な碁の家に幕府から支給される禄を差配するのも碁所の役目でした。
初代の碁所は本因坊算砂(日海)で、徳川幕府を開いた徳川家康から直々に任じられました。この仕組みのもとで、本因坊家・井上家・安井家・林家の囲碁四家が栄え、囲碁は幕府に支えられた体系的な道へと育っていきます。碁所は、囲碁を娯楽から尊敬される芸道・職業へと押し上げるうえで大きな役割を果たしました。
衰退とその遺産
碁所の制度は、1868年の明治維新で徳川幕府が倒れるとともに幕を閉じました。それでもプロの囲碁は独立した組織のもとで受け継がれ、やがて日本棋院などの設立につながっていきます。
碁所はもうありませんが、その影響は今も、体系化された段級位の制度や勝負の伝統のなかに生きています。囲碁が日本の文化と制度に深く根を下ろしていることを物語る、興味深い一章です。
碁所の歴史に心を引かれた方は、本因坊丈和を掘り下げた歴史コースをぜひご覧ください。碁所を務めた人物のなかでも、とりわけ有名で毀誉褒貶の激しい棋士です。