名人
重要度: ★☆☆
日本のプロ囲碁における七大タイトルのひとつ 歴史的には、日本で最高位の棋士を指す言葉
名人は、日本の囲碁でもっとも格式の高い称号のひとつです。江戸時代の名人は、棋士が到達しうる最高位でした。今とは違って名人は同時にひとりだけ。しかも、実力が抜きん出ていると誰もが認めたときにかぎって与えられるものでした。明らかに力量が上だと示す棋士がいなければ、名人の座は空位のままだったのです。
最初の名人は、1612年の本因坊算砂です。古典期最後の名人は本因坊秀哉で、1940年までその座にありました。名人の称号は名人碁所と深く結びついていました。碁所は幕府から任じられる名誉ある役職で、碁界全体を取りしきり、徳川将軍家に囲碁を指南する役目を担っていたのです。名人碁所の権限は絶大で、昇段の裁定、大きな対局の日程、さらにはプロ棋界の方向づけまでを握っていました。この役職は1868年の明治維新とともに廃止されます。
歴史に名を残した名人
- 本因坊道策(1677–1702):史上最強とも称される棋士。
- 本因坊丈和(1831–1839):名人位を手にするまでの政治的な立ち回りと、力強い攻めの棋風で知られます。
- 本因坊秀栄(1906–1907):深い読みと的確な形勢判断で名高い棋士。
現代の名人戦
1962年、名人位はそれまでの日本最強決定戦に代わる棋戦として復活しました。当初の主催は読売新聞でしたが、1976年に朝日新聞へ引き継がれます。この移行にともなって期数の数え方が振り出しに戻り、1976年より前の棋戦は現在旧名人戦と呼ばれています。
名人は、棋聖・本因坊と並ぶ日本の「三大タイトル」のひとつです。名人位の獲得には大きな名誉と手厚い賞金がともないます。現在の優勝賞金は3,300万円(約21万2,000米ドル)です。
名人位を5期連続で獲得すると、「名誉名人」(めいよめいじん)の称号が贈られます。これまでに名を連ねているのは次の棋士です。
- 趙治勲
- 小林光一
文学のなかの名人
名人という称号は、文学を通じてさらに広く知られるようになりました。日本人初のノーベル文学賞作家川端康成は、小説『名人』を残しています。歴史ある名人位を退く本因坊秀哉の最後の一局を描いた作品です。この一局は、伝統の碁から近代の勝負碁への移り変わりを象徴していました。
名人戦のおもな優勝者
旧名人戦(1962–1975年、読売新聞主催)
- 林海峰:1960年代から1970年代前半にかけて名人位を独占した棋士。
- 坂田栄男:同時代を代表する屈指の強豪。
新名人戦(1976年–現在、朝日新聞主催)
- 趙治勲:名人位を9期獲得。
- 小林光一:長期にわたって名人位を保持。
- 井山裕太:現代の囲碁を席巻し、名人位を何度も手にしています。
- 芝野虎丸:最年少級の若さで名人位を獲得。
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