イ・セドル 対 AlphaGo:あの対局で本当に起きたこと

Lee Sedol concentrating at the Go board during a professional match
Lee Sedol concentrating at the Go board during a professional match

機械がやがて人間を追い越していったゲームは数多くあります。そのなかで囲碁だけは、何十年ものあいだ例外であり続けました。底知れない奥深さ、直感がものを言う感覚、そして力任せの計算を寄せつけない性質。囲碁はどこまでも人間的なゲームに見えていたのです。

その自信に最初のひびが入ったのが2015年です。DeepMind が発表した AlphaGo は、ただ計算するだけでなく、みずから学習するシステムでした。

数か月のうちにプロ棋士を破り、2016年3月には、その世代を代表する最強クラスの棋士イ・セドル(李世乭)と向かい合います。この対局が、囲碁というゲームの見え方そのものを塗り替えました。

この記事では、その物語を打ち手の視点でたどり直します。コードやアルゴリズムではなく、盤上の一手、そのときの判断、そして残されたものに目を向けていきます。

この記事は、Go Magic の YouTube チャンネルで公開している動画をもとに構成しました。

単なる対局を超えて:AlphaGo が物語になった理由

ひと目見ただけなら、AlphaGo の対局は使い古された筋書きの続きにしか見えません。コンピューターがまた一つ、人間の得意なゲームを攻略する。その台本は、すでに何度も演じられてきました。1990年代にチェッカーが陥落し、まもなくチェスが続きます。AlphaGo が現れたとき、多くの人は「次は囲碁だろう」と考えていました。

ところが囲碁は、何十年もその運命に抗い続けました。そしてついにその日が訪れたとき、それは王座の事務的な明け渡しには感じられませんでした。AlphaGo の対局が物語になったのは、機械が勝ったからではありません。どのように勝ったのか、そしてその過程で何が見えてしまったのか。理由はそこにあります。

打つ側から見れば、この出来事の重みは最終スコアだけにあったのではありません。直感が揺さぶられ、「良い形」「本手」といった長年の常識が音もなく崩れ、創造性はもう人間だけの逃げ場ではないという、居心地の悪い事実が突きつけられたこと。打ち手たちは、永遠に変わらないと思っていた自分の習慣を、一から見直すことになりました。

だからこの物語は、図と手順だけでは語りきれません。懐疑があり、信じられない思いがあり、少しずつの理解があり、最後に受け入れがやってくる。物語はそういう順序で進みました。ニューラルネットワークや学習の仕組みが話題になるずっと前から、打ち手たちは盤上で何か根本的なものが動いたことを感じ取っていたのです。

AlphaGo とは何だったのか:誰も奇跡を期待しなかった理由

AlphaGo を開発したのは DeepMindGoogle の傘下にある研究企業です。ただし初期の段階では、その看板だけでプロ棋士が恐れを抱くことはありませんでした。プログラムは何年も着実に強くなってはいましたが、トップ棋士との差はまだ大きく、AlphaGo も同じ道をたどるだろうというのが経験則だったのです。

仕組みの大枠は、技術に明るくない人にも十分つかめるものでした。出発点になったのは、人間が打った棋譜の膨大なデータベースです。ただしそれは、絶対に従うべき教科書ではなく、あくまで学習の材料でした。複数のニューラルネットワークが協力して働きます。そのうちの一つは、局面を読み取り、繰り返し現れる形を覚え、次に打たれそうな手を予測することを学びました。その予測は完璧からはほど遠く、絶対の正解というより、根拠のある当て推量に近いものです。役に立つ程度には当たるけれど、間違いがないとは到底言えない。そんな水準でした。

これと並行して、もう一つのネットワークは終わった対局を教材に学びました。ある局面を見せ、そこから最終的にどちらが勝ったのかを伝える。この繰り返しで、どんな局面でもどちらが優勢かを見積もる力を身につけていきます。こちらの評価もやはり大ざっぱでした。初期の的中率はせいぜい6割前後で、確信と呼べるものではありません。それでも完璧である必要はなかったのです。次の段階を導くのに足りていれば、それでよかったからです。

Computer screen displaying AlphaGo analysis with Go board positions and win rate graphs

その次の段階が、自己対局でした。

この粗い予測の道具を手に、AlphaGo は自分自身を相手に途方もない数の対局を打ち始めます。一局打つたびに新しいデータが生まれ、その結果がシステムに戻り、どの判断が勝ちにつながり、どれがつながらないのかという感覚を磨いていきました。形を一般化し、前提を修正し、この循環を何度も何度も繰り返します。強化学習と呼ばれるこの過程で、AlphaGo の本当の強さが芽を出したのです。静的なデータベースではけっして届かない何かが、ゆっくりと、静かに育っていきました。

ここで強調しておきたいのは、以上の説明があくまで暫定的なものだということです。開発者自身も認めているとおり、いま述べた説明は無数の技術的な細部を飛ばしています。数式に溺れずに考え方の輪郭だけを描くための、意図的な単純化です。この分野に詳しい方なら、説明の穴や近道にすぐ気づくでしょう。指摘はいつでも歓迎です。

物語にとって大事なのは、この段階の AlphaGo がどう見えたかです。のちに人々が思い描くような、冷徹で容赦のないエンジンではまだありませんでした。その打ち方は、しばしば人間そのものに見えます。定着した布石をなぞり、手堅い選択をし、いまの AI ならすぐに見つける好機を逃すこともありました。開発者たち自身、完成した武器ではなく発展途上のものだと語っていたほどです。

だからこそ、期待は控えめなままでした。有望と言われたプログラムは、打ち手たちもこれまで何度か目にしてきましたし、そのたびに難なく解体してきたのです。少なくとも紙の上では、AlphaGo もまた一歩前進しただけの存在に見えました。立派ではあっても、革命ではない。そんな評価です。

その見立てがどれほど当てにならなかったのかは、このあとすぐに明らかになります。

樊麾との対局:人間の自信に生じた最初のひび割れ

世界の視線がソウルに集まるより前に、AlphaGo はすでにプロ棋士と向かい合っていました。2015年10月、DeepMind は静かな、ほとんど目立たない対局を用意します。相手は樊麾(ファン・フイ)。中国出身でフランスに住み、ヨーロッパ選手権を3度制したプロ棋士です。

Fan Hui playing Go against multiple opponents during a public event

人選としては筋が通っています。実力も経験も申し分のないプロでありながら、東アジアのトップ棋士だけがまとう神話めいた空気とは無縁でした。招待が届いたとき、疑いの気持ちが湧くのは自然なことです。プログラムがプロに挑んだ例は以前にもあり、その結果が肝を冷やすようなものになったことは、ほとんどありませんでした。樊麾は対局を承諾します。歯ごたえはあっても、手に負えない相手ではないだろう。おそらくそう考えていたはずです。

その見込みは、あっけなく消えました。

一局、また一局と、AlphaGo が勝ちました。際どい勝ちでも、たった一つの見落としを突いた勝ちでもありません。文句のつけようのない勝ち方でした。結果は機械の5勝0敗。互先の対局でプロ棋士が AI に全敗したのは、これが初めてでした。

それなのに、走った衝撃は不思議なほど小さいものでした。

囲碁界に広がったのは、パニックではなくささやき声でした。樊麾の本当の棋力を疑う声もあれば、ヨーロッパを主戦場にしてきたぶん、アジアのプロに比べて切れ味が鈍っているのではという見方もありました。同情もありました。機械に5連敗するというのは、どんな棋士にとっても計り知れない精神的な重荷だからです。

そして何より、この対局を決定的なものと受け取らない打ち手が大半でした。AlphaGo は確かに勝った。けれど、それが意味のある勝ちだったとは限らない。人類最強のところへ持っていけば、この機械はきっと崩れる。そうした見方が、変わらず主流のままだったのです。

いま振り返れば、この時期は嵐の前の静けさでした。警告のサインはすでに見えていて、それを心地よく無視できた、最後の時間だったのです。

人間に似た機械:初期の AlphaGo が抱えていた限界とミス

樊麾に勝ったのに警報が鳴らなかった理由の一つは、その打ちぶりにあります。この初期バージョンは、のちに囲碁 AI と聞いて思い浮かべるような、容赦のない非人間的な力とは似ても似つきませんでした。

布石は見慣れたものでした。定着した定石が盤上に並び、何十年も標準とされてきた守りの形をためらいなく打ちます。いくつかの局面で AlphaGo が選んだのは、手堅く控えめなヒラキで、いまの AI なら効率が悪い、あるいは不要と判断する手でした。経験のある観戦者にとって、この対局の大部分は安心できるほど見慣れた景色だったのです。

Overhead view of a Go board during a match between AlphaGo and Lee Sedol

さらに目を引くのは、AlphaGo が間違えたことです。

はるかに強い解析エンジンが使えるいまの目で見れば、明らかに最善から外れた判断がいくつもあります。打つべき交換を逃し、急場を素通りし、もっと鋭い一手があれば形勢を大きく傾けられた場面もありました。局によっては、中盤の一部で樊麾の打ち方が AlphaGo を上回っていたと、いまの AI 解析は示しています。

非情なまでの精度の時代は、まだ来ていませんでした。AlphaGo の棋風は人間の慎重さをそのまま映していて、最大の利益より確実な勝ち方を好み、もっと厳しく攻める代わりに安全な地に落ち着くこともありました。この傾向は、のちに欠点ではなく AlphaGo らしさとして理解されます。けれど当時は、心地よい錯覚を補強するばかりでした。この機械は強い。でも人間くさく、まだ完璧ではない、と。

Overhead view of a Go board showing a position with a highlighted move marker

そういう目で見れば、5勝0敗というスコアは予言というより例外に感じられました。これがまだ途中の姿にすぎないこと、人間の習慣からどこまで遠くへ行けるのかを学び続けているシステムであることを、囲碁界はまだつかめていなかったのです。

本当の試練はこれからだ。多くの人がそう信じていました。

対局を前にしたイ・セドル:伝説が抱いていた自信

AlphaGo の次の相手がイ・セドルだと DeepMind が発表した瞬間、意味合いはがらりと変わりました。強豪プロを相手にした静かなテストではありません。現代囲碁を象徴する一人との、公開の真剣勝負です。

Collage showing Lee Sedol holding trophies and posing at professional Go events

2016年の時点で、イ・セドルの評価はすでに揺るぎないものでした。世界戦を何度も制し、戦う気合と独創的な発想で知られる彼は、人間らしい囲碁の理想像そのものです。安定と効率で称賛される棋士がいる一方、イ・セドルは局面を複雑にし、思いもよらない手段を見つけ、混沌を好機に変える力で恐れられていました。人間が相手なら、その棋風が数えきれないタイトルを運んできたのです。

当然ながら、イ・セドルは AlphaGo と樊麾の棋譜に目を通しました。そこに動揺する材料はありません。強くは見えるものの、圧倒的ではない。打ち方には目に見える不正確さが残り、手堅い、いや臆病とさえ映る選択もありました。イ・セドルの目には、結論は明らかだったのです。AlphaGo はプロに勝った。だが、このプロには勝てない、と。

公の場でも、彼は自信を口にしました。内輪で認めた唯一の迷いは、最終スコアだけです。自分の5勝0敗で終わるのか、それとも4勝1敗になるのか。AlphaGo に一方的にやられるかもしれない、という筋書きは、まともに話題にも上りませんでした。

イ・セドルにも、そして他の誰にも見えていなかったのが、2015年10月から2016年3月までの数か月に起きたことです。この間、開発陣は AlphaGo を休みなく鍛え続けました。何百万、何千万という自己対局が判断を研ぎ澄まし、弱点を削り、盤上の理解を作り直していきます。その成果を外から見た人は、誰もいません。ソウルで盤の前に座る機械は、樊麾と打ったあの機械ではなかったのです。

Developer working at a computer with code and Go board analysis related to AlphaGo development

この情報の非対称性は、あとから効いてきます。AlphaGo の本当の強さをイ・セドルが知るのは、最初の石が盤に置かれてからでした。それまでは、わからなさの空白を自信が埋めていたのです。そしてその自信は、囲碁界の大半が共有していたものでもありました。

こうして、誰も予想しなかった形で幕を開ける決着の舞台が整いました。

ソウル第1局:立てた計画がいきなり崩れた瞬間

2016年3月に対局が始まる頃には、期待は囲碁界の外まで大きくあふれ出していました。対局は生中継され、解説は複数の言語で流れ、ソウルではパブリックビューイングが会場や広場を埋めます。もはやプロの一対局ではありません。人間の直感と機械の計算をぶつける試みとして語られる、一つの文化的な事件になっていました。

第1局の立ち上がりは、十分に静かでした。イ・セドルはゆったりしたリズムに入り、力関係を理解しているという自信をにじませて打ち進めます。序盤の形勢は悪くないように見えました。黒には確かな地があり、白は軽くバラバラに見え、解説陣もこの碁は人間側が打ちやすいと語ります。

そこで AlphaGo が、予想外の動きを見せます。

難解な変化を避けるどころか、早い段階から戦いを起こしたのです。キリを入れ、ノゾキを打ち、石を分断して、イ・セドルに複数の弱い石を同時に抱えさせました。盤面はほとんど即座に張りつめます。機械は穏やかな地に向かうのではなく、碁を不安定さのほうへ押し込みました。人間の創造性が輝くはずの、まさにその種類の局面へです。

解説席からは、大丈夫だという声が続きます。複雑ではあるが、さばける範囲だ。何しろイ・セドルは混沌の中でこそ力を発揮する棋士です。ところが中盤が進むにつれ、わずかな変化が見えてきました。AlphaGo は難所を生き延びているのではなく、支配していたのです。局地戦は一つひとつ、ほんの少しずつ AlphaGo に有利な形で収まり、その積み重ねが効き始めました。

リアルタイムでそれに気づいた人はごくわずかでしたが、のちの AI 解析がはっきり示します。ごく早い段階から、この碁は白が打ちやすかったのです。互角に見えた形勢は錯覚でした。最初はわずかだった AlphaGo のリードは、序盤の戦いのあと着実に広がっていきます。

ヨセに入る頃には、結果に疑いの余地はありませんでした。AlphaGo は落ち着いた効率で勝ちを固め、派手さより確実さを選ぶ手堅い打ち方を続けます。最終的な差はわずかでした。けれど、この一局が残した心理的な衝撃は、少しも小さくありません。

イ・セドルは初めて、ひっくり返せない局面に直面しました。負けたこと自体も意外でしたが、それ以上に落ち着かないのは負け方です。AlphaGo は力任せに勝ったのでも、たった一つの見落としを突いて勝ったのでもありません。序盤から碁の性格そのものを決めていたのです。

五番勝負はまだ始まったばかり。それなのに、前提はすでにきしみ始めていました。

そして気づく:AlphaGo は創造的に打っていた

第1局が期待を揺さぶったとすれば、第2局はそれを解体しました。

立ち上がりに変わったところはありません。布石は滑らかに進み、形勢は互角のまま、イ・セドルは勢力を築きながら選択肢を広く残す、いつもの構想を進めます。差し迫った危険も、目立つ緩手もありませんでした。そのとき AlphaGo が、会場の時間を止める一手を打ちます。

予想外というだけではありません。それは間違いに見えました。

Go board showing an early opening position with a highlighted move marker

五線への肩ツキ。囲碁の基本的な感覚に真っ向から反する一手でした。肩ツキは本来、相手の石を低く押さえつけ、勢力を削るために使います。ところがここでは、逆のことをしているように見えました。地を制限するどころか、差し出しているように映ったのです。解説はためらい、観客は盤面を見つめたまま。経験豊富なプロでさえ、目の前で何が起きているのかを説明できずにいました。

それでも、この手は働いたのです。

その狙いは、少しずつ姿を現しました。この石は目先の得を求めていません。盤の離れた場所どうしを結び、複数の弱い石を同時に支え、将来の攻めを静かに準備していたのです。最初は譲歩に見えた一手が、やがて見事な調和の局面へと展開していきました。AlphaGo は人間の約束事に従わなかっただけで、論理には従っていました。定まった型を超えたところにある論理に、です。

物語が向きを変えたのは、この瞬間でした。

ここまでは、AlphaGo をただ極端に速く、極端に几帳面な模倣者だと考えることもできました。人間の棋譜から学んだ発想を組み替えているだけだ、と。その説明はここで崩れます。この手を選ぶプロはいません。どんな教科書にも載っていません。それでも機械は自力でこの手を見つけ、世界が見ている舞台で打てるだけの信頼を、その一手に置いていたのです。

対局後、イ・セドル自身がその意味を認めました。これはデータベースをやみくもに探しているシステムではない。独創的な発想を生み出せる。人間がまだ理解していないやり方で、局面を評価できるのだ、と。

対局の心理的な均衡は、二度と戻らない形で変わりました。AlphaGo は第2局も勝って2勝0敗とリードしますが、スコアが語るのは物語の一部にすぎません。もっと深いところで失われたのは、考え方そのものです。創造性こそ機械が越えられない最後の壁だという長年の信念が、たったいま崩れ落ちたのですから。

ここから先、この五番勝負の焦点は AlphaGo が勝てるかどうかではなくなりました。機械がまだ見ていない何かを人間側が見つけられるか。問いはそこに移ったのです。

重圧と方向転換:棋風を変えることが裏目に出るとき

0勝2敗という状況で、勝負は危うい心理の領域に入りました。この水準の棋士は、盤上の局面だけでなく自分自身の本能とも戦っています。何か違うことをしたいという誘惑が、抗いがたいほど大きくなるのです。

第3局では、人間側の方針が目に見えて変わりました。見慣れた形に落ち着くのではなく、序盤からいきなり衝突へと舵を切ります。早いうちからツケを打ち、相手の石を分断し、盤上は双方の未解決の弱点で埋まっていきました。狙いははっきりしています。混沌を呼び込み、テンポを上げ、AlphaGo の静かで整然とした支配から碁を引きはがすことです。

この発想はよくわかります。何もかもを静かな精度で評価してくるシステムが相手なら、評価そのものが難しい局面を作るのが自然な反応です。戦いの碁は長いあいだ人間の砦とされてきました。直感と胆力、そして相手の呼吸を読む力がものを言う領域だからです。

けれど経験は、厳しい教訓を突きつけます。追い込まれてから自分の根本の棋風を変えても、うまくいくことはめったにありません。

碁が進むにつれ、AlphaGo は難解な変化を不気味なほど落ち着いてさばきました。石は軽いまま、連絡は間に合うところに現れ、脅しにはきちんと目を配りながら、決して過剰に反応しません。人間なら攻めを続けたくなる場面、先回りして守りたくなる場面でも、機械は柔軟さを残す手を選び続けました。

戦いは数十手にわたって続きました。どの石も死なず、劇的な崩壊も起きません。代わりに AlphaGo が混沌から持ち帰ったのは、いちばん大事なものでした。大きく安定した模様と、はっきりした地の優位です。激しい戦いだったのに、結末は奇妙なほど静かでした。

Go board showing a complex late-game position from AlphaGo versus Lee Sedol

のちの解析が、居心地の悪い事実を裏づけます。樊麾との対局を並べ直すと、彼がいちばん良く打てていたのは、実は第1局でした。重圧も焦りもまだ入り込んでいない一局です。結果を無理に手繰り寄せようとするほど、精度は落ちていきました。ここでも同じことが繰り返されたのです。

第3局を終えて、スコアは3勝0敗。五番勝負は事実上決まりました。囲碁界は初めて、まじめに備えてこなかった結論と向き合います。人間の伝説が完敗の淵に立っている。しかもそれは、腕が足りないからではなく、相手が重圧で崩れないからでした。

残されたのは勝利を争う戦いではなく、意味をめぐる戦いでした。

第4局:人間が返した答え

第4局を迎える時点で、五番勝負の行方はもう決まっていました。3連敗を喫したイ・セドルに、勝ち越しの目はありません。できるのは、物語の均衡を取り戻すことだけです。そこで起きたのは戦略の立て直しではなく、心の解放でした。失うものがなくなった彼は、自由に打ちました。

Broadcast image of the Go board during Game 4 between AlphaGo and Lee Sedol

対局の大半は、AlphaGo が見慣れた形で締めくくるかに見えました。機械は上辺に大きな模様を築き、イ・セドルは別の場所で効率よく地を稼ぎながら、いくつかの石を未確定のまま残します。あとで助け出せるという自信があったからです。中盤が進む頃、AlphaGo のリードはおよそ10目。この水準の対局なら、ふつうは静かに勝ちへ滑り込む差です。

そこで、会場の誰にも説明できない瞬間が訪れます。

もう決まったように見えた局面で、イ・セドルは盤全体に眠っていた可能性を爆発させる一手を見つけました。関係ないと思われていた弱点に火をつけ、離れた場所の狙いを一つの構想に束ね、AlphaGo を未知の領域へ引きずり込みます。その一手が脅かしたのは、部分の結果だけではありません。機械が下していた局面の評価そのものを揺さぶったのです。

これがのちに78手目として語り継がれる一手です。

はるかに強い AI を手にしたいまの視点から見ると、落ち着かない事実がわかっています。客観的には、この手は成立しません。この一手が盤に現れたあとも、黒はまだ十分な差で勝っていました。ただし、その知識は未来のものです。あの日、あのバージョンの AlphaGo に対して、この一手は死角を突いたのです。

AlphaGo は正しい応手を見つけられませんでした。不正確な選択が次の不正確な選択を呼び、あれほど確信に満ちていた打ち方が、ためらいがちで一貫性を欠いたものに変わります。イ・セドルはその隙を正確につかみ、混沌を明快さに変え、少し前まで助からないと見えた石を救い出しました。

この五番勝負で最初で最後、AlphaGo が手綱を手放した瞬間でした。

イ・セドルはそのまま第4局を勝ち切り、反響は尋常ではありませんでした。世界タイトルを何度も獲ってきた彼ですが、たった一局の勝ちがこれほど激しく祝われたことはありません。会場は拍手で満たされます。安堵と称賛、そして反骨に近い何かが、観客のあいだに広がっていきました。

スコアは3勝1敗のまま。AlphaGo が圧倒的であることも変わりません。それでも、大切な何かを取り戻しました。人間を超えたシステムでさえ、驚かせることができる。しかもそれは力任せではなく、他の誰にも見えなかった発想によって。この一局が、それを証明したのです。

イ・セドルの先へ:強さの天井が消えたとき

イ・セドルとの五番勝負を終えて、DeepMind は誤解のしようがない事実を世界に示しました。人工知能はもう、どの人間の棋士よりも強い。囲碁は人間だけに残された最後の領域だという長年の前提が、ついに崩れたのです。

けれど物語は、そこで止まりませんでした。

イ・セドルと向かい合った AlphaGo は、その数か月前に樊麾を破ったものより、すでにはるかに強くなっていました。そこから自然な疑問が生まれます。もっと長く学習させたら、いったいどうなるのか。

答えは、その年が終わる前に届きました。

2016年12月、東洋囲碁のサーバーに謎の新しいアカウントが現れます。世界最強クラスの棋士たちに次々と挑み、そのすべてを倒しました。60局、60勝。最初は何の説明もなく、信じられないという静かなざわめきだけが広がります。まもなく明らかになったのは、これが同じプロジェクトのさらなる進化形だということでした。のちに AlphaGo Master と呼ばれる存在です。

Graphic comparing AlphaGo Fan, AlphaGo Lee, and AlphaGo Master match results against human opponents

翌年、AlphaGo Master は中国最強の棋士、柯潔(か けつ)と公式の三番勝負を打ちました。結果は一方的です。柯潔は足がかりをつかめないまま、3勝0敗で決着しました。この時点で AlphaGo は、人間を超えたとしか言いようのない領域に達していたのです。

それでも DeepMind は止まりませんでした。

AlphaGo Zero が終わらせた人間の型

2017年、まったく毛色の違うシステムが登場します。AlphaGo Zero です。それまでのどのバージョンとも違い、人間の棋譜を一局も使わずに学習しました。プロの棋譜データベースもなし。受け継いだ布石もなし。定説もなし。囲碁をゼロから独力で覚えたのです。

最初の打ち方は、でたらめに近い混沌でした。それでも自己対局を積み重ねるうちに、少しずつ自分なりの囲碁観を育てていきます。やがて、それまでのどの AlphaGo をも追い抜きました。直接対戦では、AlphaGo Zero が AlphaGo Master に100局中89勝しています。

Summary graphic showing AlphaGo match results against Fan Hui, Lee Sedol, professional players, and AlphaGo Master

その意味するところは、どこか落ち着かないものでした。試算によれば、AlphaGo Zero はイ・セドルと打ったバージョンより三子ほど強い。もし DeepMind がソウルの対局をもう一年待っていたら、結果は劇的でも際どくもならなかったでしょう。おそらく、一方的な圧勝で終わっていたはずです。

この途方もない仕事をやり遂げたあと、DeepMind は手法を公開しました。他の開発者たちが同じ道筋を再現できるようになり、いまでは人間を超えた囲碁 AI がいくつも存在します。その水準まで来ると、優劣の差はほとんど意味を持ちません。無料で使える KataGo のようなツールでさえ、どのプロ棋士よりはるかに強い碁を打つのです。

対局のあと、イ・セドルが語った振り返りは、多くの打ち手の胸に深く刺さりました。何世代にもわたって、人々は囲碁を人間の創造性の究極の表現だと信じてきました。AlphaGo はその信念に挑みます。そして明らかにしたのは、人間の碁がどれほど保守的で型どおりになっていたかということでした。師から弟子へ受け継がれた習慣が形を決め、探究よりも伝統がそれを強めていたのです。

Portrait of Lee Sedol standing in front of an AlphaGo backdrop with a quote about creativity and Go

皮肉なことに、いまや AI が完璧の基準になったことで、打ち手はふたたび同じように硬くなる危うさを抱えています。違うのは、「正しい手」の中身だけです。

AlphaGo が最終的に変えたのは、布石理論だけではありません。もちろんその変化は、もう元には戻らないものでした。2017年には衝撃的に見えた発想が、10年もたたないうちに当たり前の打ち方になっています。けれど、もっと深い変化は視点のほうにあります。囲碁は自らの伝統より大きなものになり、創造性は人間の直感だけで決まるものではなくなりました。

この転換の規模は、一本の記事に収まりきらないほど大きなものです。その影響はいまも広がり続けていて、それだけで一つ、じっくり考える価値があります。

いまも碁盤はそこにあります。碁石もそこにあります。そして課題は昔から変わりません。完璧が人間のものでなくなっても、意味のある何かを創り出すこと。それだけです。

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  1. To read all of this and to see all of it laid out in front of me is so devastating.It is hard for me to believe that ai has surpassed humanity not only in terms of factual knowledge and calculation but now also in terms of creativity and ingenuity. The success of these ai are truly disheartening as a teen who always believed that Go would be dominated by humans. It makes me fear for my future and for that of the younger generations that will come after me. It scares me that we shall one day be overcome by something of our own creation. One by one the intellectual fields of Checkers, Chess and now that of Go have fallen from mankind to machines, as we push ourselves to find new tools, to create new things that succeed exponentially, far beyond of what we had expected them to. I am honestly quite anguished that I have only found this article now in 2026 years after this had transpired. However I suppose that I should not be surprised seeing as I was 4 when Alphago beat Lee Sedol in 2016. 😅 Though I suppose that this was to be expected seeing that we are only human. But this is not a bad thing to be human is to be a beautiful creation, a creation that creates, even for our own downfall. Through human hands Alphago was created and due to this we fell. But it also means we should have hope for ourselves and for our future as a race. To know that we created something of such a devestating intellect is astonishing and I can only wait, with bated breath for what we shall make next. Honestly, it is like we are making things to push ourselves forwards and I for one cannot wait to see what comes next even if it means ai are taking more of the board games. I mean what’s next battleship? 🏴‍☠️🛳️🚢Candy land?🍭🍪🍩🍭🍬🌄🏞️

    Ps: if u actually read this thank you and sorry for rambling so much I just… felt like doing so and yeah😅 I really am not sure. Please have a wonderful day🥰😺🐶also who knew emojis could be this adorable!!?!?!