AlphaGo の物語:AI はいかにして最難関のボードゲームを制したか

Futuristic illustration of AlphaGo with robot hand playing go
Futuristic illustration of AlphaGo with robot hand playing go

どのゲームも、行き着く先は同じに見えます。コンピューターは力をつけ、やがて人間を追い越していく。チェッカーでは1994年に Chinook が Marion Tinsley を、チェスでは1997年に Deep Blue が Garry Kasparov を破りました。

ところが囲碁だけは、その流れに免疫があるように見えました。分岐の数があまりに多く、力任せの総当たり探索はそこで崩れてしまいます。実際、長いあいだ囲碁プログラムは強い人間の足元にも及びませんでした。

その Deep Blue から20年もたたない2015年、DeepMind が AlphaGo を世に出します。そしてわずか1年で、こうした前提はことごとくひっくり返りました。囲碁における「直感」や「創造性」とは何なのか、私たちは考え直すことになったのです。

人類最後の砦と言われた囲碁は、この境目で AI の実力を試す舞台へと変わりました。

この記事は Go Magic チャンネルの動画をもとに構成しています。

囲碁が特別な理由

AI の話に入る前に、囲碁というゲームそのものを少しだけ整理しておきましょう。ルールは1分もあれば説明できるほど単純なのに、局面は意外性と不確かさをはらんだままどこまでも広がっていきます。この組み合わせこそが、長いあいだコンピューターを人間の強豪のはるか後ろに置き去りにしてきました。

ルールは単純、変化は無限

対局者は空いている交点に黒と白の石を打っていきます。黒が先に打ち、白が応じ、以後は交互に着手します。目的は盤面を確かな地に分け合うことで、石を取るのは目的ではなく手段にすぎません。石のダメとは、その石に隣り合う空いている交点のことです。ダメがすべて詰まれば、その石は盤上から取り上げられます。いちばん簡単な例で言えば、ぽつんと置かれた白石には隣接する交点が4つあります。黒がその4つをすべて占めた時点で、白石は取られます。たったこれだけのルールから伸びる変化の枝分かれは、まともに計算しきれる範囲をあっという間に超えてしまうのです。ルールをもっとじっくり、順を追って学びたい方は、インタラクティブなガイドをご覧ください。

×

初期の囲碁プログラムは人間に大きく水をあけられていました。数か月まじめに勉強すれば、当時最強のエンジンを追い抜けてしまうほどです。理由は構造的なもので、単純でもありました。囲碁は変化が多すぎて、総当たりの探索では解ききれないのです。実戦で頼りになるのは、部分の読みと感覚を混ぜ合わせた判断です。局面はあまりに複雑で、すべてを正確に計算しきれないことのほうが多いため、打ち手は直感に支えられた一手を選びます。機械がこの差を詰め始めたのは、新しいアルゴリズムが登場してからでした。

置き碁では、弱いほうが最初の一手の前にあらかじめ石を置きます。2子、3子、5子、あるいはもっと多く。こうして棋力に差があっても、対局はきちんと成立します。同じ置き方は、そのまま初期のエンジンにとっての耐久試験にもなりました。盤面が黒石で埋め尽くされるほど圧倒的に見える形からでも、人間はかなり楽にプログラムを打ち負かしていたのです。 

木の碁盤に抽象的な形で並べられた黒石
これほど極端な置石でも、初期の囲碁プログラムは人間の強豪に勝てませんでした。

ブレイクスルー

長いあいだ、その曲線はゆるやかでした。新しいアルゴリズム、少し良くなったプログラム。着実ではあっても、目を見張るほどではない進歩です。そこへ2015年がやってきて、物語は急な角度で曲がります。

DeepMind のチームが白羽の矢を立てたのは、樊麾(ファン・フイ)でした。中国出身で当時はフランスに住んでいたプロ二段、そして何より、ヨーロッパ選手権を3度制した実力者です。最初の試験台としては自然な人選でした。2015年10月、両者は五番勝負を戦います。当時のほとんどのプロがそうだったように、樊麾も懐疑的でした。経験に照らせば、プログラムが強い人間に本当に勝てるはずはなかったからです。その見込みは、ほとんど即座に崩れました。第1局を終えた時点で力関係が変わったことははっきりし、結果は5戦全敗という完敗です。この結末は多くの人を驚かせましたが、囲碁界全体がひっくり返ったという空気にはなりませんでした。これはまだ「本当の」人間対機械の決着ではないと考える打ち手も、少なくなかったのです。

もっと大きな試練は避けられません。翌年の相手は伝説的な存在、韓国のイ・セドルでした。2015年当時の言い方でいちばんしっくりくる形容は「囲碁界の Michael Jordan」。国際タイトル18冠、攻撃的で直感的な棋風で知られていました。対局前、イ・セドルは樊麾との5局に目を通しましたが、かつての樊麾と同じく、考えを変えることはありません。棋譜から伝わる棋力は自分より下に感じられ、余裕を持って勝てると踏んでいたのです。彼が読めていなかったのは、この対戦までに AlphaGo がさらに学習を重ねていたという事実でした。その準備が、2016年3月の舞台を静かに傾けていくことになります。

イ・セドル 対 AlphaGo

2016年に入ると期待はふくらみ続け、やがて問いそのものが勝負を超えて文化的な色を帯びていきます。生ける伝説が、対局のたびに強くなる機械と向き合ったら、何が起きるのでしょうか。下馬評は人間に傾き、賭けの多くはイ・セドルに集まりました。イベントは対局室の外へあふれ出します。複数の言語による生解説、ソウルの街頭に立ち並ぶ巨大スクリーン。通りはそのまま観戦会場に変わりました。最初の一手が盤に置かれた瞬間、それは人間の直感に対する世界規模の耐久試験のように感じられたのです。

第1局:早い戦いと、意外な機械の棋風

常識で考えれば、プログラムがトップ棋士と対するなら、序盤から乱戦に持ち込むのは避けるべきです。AlphaGo はその逆をやりました。布石の段階からいきなり激しい戦いを仕掛けたのです。まさに人間有利とされてきた展開でしたが、AlphaGo は拍子抜けするほど楽に勝ち切りました。イ・セドルは面食らいます。本当の戦いはここからだと思われました。

第2局:「あり得ない」37手目

第2局では、会場の空気が凍りつく瞬間が生まれました。37手目、機械は人間なら「打たない」筋を選びます。それは入門のころから基本として叩き込まれる盤上の作法に、真っ向から反する手でした。それでもその石は、平然と、悪びれる様子もなく盤上に置かれています。観戦者は言葉を失い、この一手は「見ていた全員を驚かせた」と語られました。人間の教科書に従うなら、この選択は「そもそも打てない」はずです。それでもシステムは打ち、そのうえで成立させてしまいました。この瞬間、対局は「機械は棋譜を真似ているだけではないか」を問う場ではなくなります。プログラムがもとのデータセットを超え、学習に使った人間の棋譜の外へ踏み出し、創造的な何かを見つけられる。その証明になったのです。その日の残りが、この衝撃を裏づけました。AlphaGo はこの一局も制して2勝0敗とし、イ・セドルは並外れた発想でしか五番勝負をつなぎ止められない領域へと追い込まれたのです。

第3局:流れを変えようとして

流れが手から離れていくなか、イ・セドルに残された道はひとつでした。局面を複雑にし、序盤から大きな戦いを起こすことです。しかし、その誘いに AlphaGo は乗りません。危なげなく形を整えて再び勝ち、3勝0敗。五番勝負は事実上ここで決まりました。

第4局:人間の傑作、78手目

第4局の中盤にさしかかったころ、勝負はもう決まったように見えました。AlphaGo のリードはおよそ10目。このレベルでは通常、そのまま静かに勝ち切る差です。ところが奇跡の余地などなさそうな局面で、イ・セドルは会場の誰にも見えていなかった、たった一つの驚くべき構想を見つけ出します。その一手は、システムの盲点を突きました。AlphaGo の形勢判断は揺らぎ、局面を処理しきれなくなり、流れが入れ替わります。この閃きには、囲碁の語り草としての名前があります。78手目です。のちに2016年版よりはるかに強い AI で調べ直すと、この手段は理屈のうえでは成立しないはずだと分かりました。それでもあのバージョンを相手に、あの日は成立したのです。イ・セドルは優位を勝ちにつなげました。この場面が記録以上の意味を持つのは、五番勝負全体の精神を映し出したからです。前半の3局は、静かな強さと驚くべき発想の両方を備えた機械を見せつけました。そして第4局は、人間の創造力が今なおその鎧に亀裂を入れられることを示したのです。これは、あの機械に人間が挙げた唯一の勝利であり、伝説となった例外として残っています。

第5局:勝負を決める

第5局は、流れが変わった直後の、双方とも神経の張りつめた状態で始まりました。イ・セドルは再び圧力をかけ、局面を複雑にして盤面を開き直す道を探ります。AlphaGo は落ち着いて受け止め、中盤では効率よくフリカワリをこなし、わずかな優位を揺るがない差へと変えていきました。地合いがはっきりしたところで、イ・セドルは投了します。前日の人間の傑作と、それを受け止めて次の一局ですぐに答えを返すシステムの力。観客はその両方を目にしたのです。

最終スコアと、残された意味

最終スコアは4勝1敗。数字の向こう側にあったのは、これまでにないタイプの存在です。対局と対局のあいだに素早く学び、人間の習慣の外へ踏み出し、それでいて最も注目を集める大舞台でも力を出しきる AI。人間が囲碁でついに機械に敗れた一週間であり、AI による創造的な探索が仮説ではなくなり、盤上にはっきりと姿を現した一週間でもありました。

この対局が残したもの、そして今を生きる打ち手にとっての意味をもっと深く知りたい方は、「イ・セドルと AlphaGo:歴史的な一戦が残したもの!」をご覧ください。

AlphaGo から AlphaGo Zero へ

ソウルのあとも、より強いバージョンは次々と現れました。けれども本当の分岐点が訪れたのは1年後、まったく別の考え方に立つシステムが、新しい名前と新しい前提を掲げて舞台に上がったときでした。

その新しいシステムの名は AlphaGo Zero。「Zero」と付いたのは、囲碁をゼロから学んだからです。人間の棋譜のアーカイブもなければ、受け継いだ定石もプロの習慣もありません。与えられたのは基本のルールだけで、あとはひたすら自己対局を繰り返すだけでした。

Comparison of AlphaGo match scores versus Fan Hui, Lee Sedol, pro players and AlphaGo Master

最初のころの碁は、人間の目から見ればひどいものでした。何千回というつまずき、ほとんどでたらめに見える着手。それでも学習のループは、美しさなど気にしません。気にするのは結果だけです。何百万、何千万という自己対局を重ねるうちに、システムの棋力は着実に伸びていきました。

見返りは、驚くほどはっきりしていました。ゼロから学んだこの打ち手が、人間のデータで訓練された過去のすべてのバージョンを上回ったのです。言い換えれば、人間という出発点を取り払い、「人の要素」を外したほうが、機械にとっては良かったということになります。

重要だったのは速さや強さだけでなく、向かう方向でした。人間の手本から解き放たれたシステムは、誰も教えていない変化を自分で探りに行けます。長年の懸案に迷いのない答えを出し、かつては異端に見えた発想を当たり前のものに変えていきます。それから何年もたった今、人間を超えた囲碁 AI は誰の道具箱にも入っています。打ち手の学び方にとっても、囲碁というゲームの進み方にとっても、それは恵みであると同時に重荷でもあるのです。

ご自分のパソコンに最新の囲碁 AI 解析エンジンを入れてみたい方は、手順を追って解説した「囲碁の棋譜を AI で解析するソフトの導入方法」をご覧ください。

人間を超えた囲碁:終わりではなく始まり

この物語は、暗い調子では終わりません。9年前のあの勝利が意味していたのは、機械に囲碁を打たせること、あるいは三目並べや StarCraft をやらせることだけではありませんでした。そこで見えてきたのは一つの方法です。複雑な課題に対して AI をどう正しく訓練すればよいのか、AlphaGo はその道筋を示したのです。

2025年の今、その方法は19×19の盤をはるかに越えたところまで届いています。人間の言葉を理解するシステム、画像や動画を生成するシステム、音楽を作るシステム。どれも日常の風景になりました。それでも研究の最前線は開いたままで、この仕事はまだ途中にあり、それが私たちという種にとって何を意味するのか、その天井もまだ見えていません。

囲碁そのものをめぐる話題も、どんどん広がっています。学ぶ対象はもう「このゲームをどう打つか」だけではありません。盤の周りを回っているもの、つまり技術や創造性、そして打ち手やファンにとっての意味も、学びの一部になりました。最後に置かれるのは句点ではなく、三点リーダーです。一面の盤から広い世界へ。次の一手は、まだ書かれていません。

Related Articles

コメント

👍
質問するにはログインしてください